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●ルイ・ヴィトンの歴史
1821年、創業者のルイ・ヴィトンがフランスのジュラ山脈山麓のジュラ県内アンシェイに生まれる。
1835年、14歳の時、粉屋を営む家庭での折り合いがうまくいかず家出し、徒歩でパリへ向かう。
1837年、400キロにわたる徒歩の道中、様々な仕事をこなしながら、2年の歳月をへてパリへ到着。荷造り用木箱製造兼荷造り職人の見習いになる。
1854年、パリのカプシーヌ通りで独立し、旅行鞄では世界初のアトリエ「ルイ・ヴィトン」を設立した。この年、結婚もしている。
この頃は馬車の時代であったが、木と鋲で作られた重々しいトランクが普通だった。蓋が平らで、馬車に積み上げることができるルイ・ヴィトンの鞄は、たちまち人気を呼んだ。
また、大西洋横断といったブームや、長期の旅行に絶えうる旅行鞄が必要とされた時代であったことや、丈夫なポプラ材と防水性に優れていることも人気に拍車をかけた。
この頃、ナポレオン皇妃が、旅行用ワードローブをオーダーするなどしたことから貴族たちの間にも広がっていった。
1857年、後に2代目となるジョルジュ・ヴィトンが誕生。
1860年、生産が追いつかず、パリ郊外のアニエール市に工場を拡大移転(ここは現在も工場所在地)。
1867年、パリ万国博覧会で銅メダルを受賞。
この頃、ルイヴィトンの模造品が数多く出回りはじめる。
1972年、赤と茶褐色の複雑な縞模様生地に仕立てた「レイ・キャンバス」を発表。
1875年、パリのオートクチュールの元祖であるファッション・デザイナー、チャールズ・フレデリック・ワース(シャルル・フレデリック・ウォルト)が、それまで主流であったクリノリンとレッグ・オブ・マトン(ジゴ袖)が、より柔らかい材質に取って代わるという、業務上の重要な秘密をルイ・ヴィトンに明かした。この情報を元に、ショルダー部分と引き出し部分を加えることで対応した。これが、有名なワードローブとなった。
1880年、ジョルジュ・ヴィトンが2代目に就任。
1883年、後に3代目となるガストン・ヴィトンが誕生。
1888年、模造製品の氾濫を止めるため、ジョルジュは「Louis Vuitton : marque
deposee」(登録商標:ルイ・ヴィトン)という文字を織り込んだ「ダミエ・キャンバス」という新しいキャンバスを発表。これは、世界初の登録商標で、表面にブランド名を表示したとういことでも世界初の商品であった。このダミエ・ラインは、1996年に復活し、現在も販売されている。
1892年、創業者のルイ・ヴィトンが死去。
1894年、アジアに進出。ベトナムでルイ・ヴィトンの製品が販売されるようになる。
1896年、2代目のジョルジュ・ヴィトンが「モノグラム・キャンバス」を発表。
これは、父ルイ・ヴィトンのイニシャル「LV」のロゴ、花・星を組み合わせた模様で、現在最も人気を誇り、有名となったモノグラム。
このデザインは、当時流行していたジャポニズムの影響を受けているともいわれている。
このモノグラムLVは、上流階級=長期航海=旅行鞄=ルイ・ヴィトン=モノグラムLVのイメージを確固たるものにした。
1901年、この年以降より、自動車用トランク、船旅用トランク、飛行機用トランクなど、続々と製品を展開を始める。
1924年、現在の「スピーディ」、「ドーヴィル」などの原型となる「キーポル」を発表。
1925年、このころの個人顧客で有名なのは、ガブリエル・シャネルの依頼で「アルマ」を作製。
1927年、太平洋横断を果たしたチャールズ・リンドバーグが、岐路でスーツケースを購入していく。
1959年、ソフトキャンバスを発表。これは、現在のメイン素材となっており、木綿地に特殊なコーティングが施されたトワールのこと。
1981年、ルイヴィトン・ジャパンを設立。
1985年、エピラインの発表。
1987年、ルイ・ヴィトン社とモエ・ヘネシー社との合併が実現し、LVMH(ルイヴィトン・モエヘネシー)グループが誕生。その最高経営責任者には、ファッション界そのものの法王と呼ばれるベルナール・アルノーが就任し、ルイヴィトンの躍進は続いてゆく。
1993年、老舗としてのルイヴィトンは、タイガライン(男性用)、オペララインを発表。オペララインは98年に廃番となった。
1998年、ヴェルニラインを発表。
デザイナーにマーク・ジェイコブスを起用し、プレタポルテ進出も果すと同時に靴製品の分野も展開。
2001年、グラフィティ・ラインが登場。形や色の面で多様化が進む。
2003年、ヴェルニ、モノグラム・サテン、メンズラインには「ヴォヤージュ・ミニライン」なども登場した。
ルイヴィトンは、世界規模での店舗拡大だけでなく、製品分野の拡大も止まるところを知らない。
●ホームページ(英語、日本語)
http://www.vuitton.com/
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